前の年代:
紀元前3400年〜紀元前3200年

紀元前3200年 〜 紀元前3000年

前3200年

メソポタミアの東域に、エラム文化が生まれる。この地に済む民は、自らを「ハタミ」「ハルタミ」と言った。 エラム文化は複数の連合国家として成立し、この後にメソポタミアと共に隆盛し、前530年代まで続く。
原エラム時代(プロト・エラム時代)と定義。紀元前2700年頃までを指す。 既に原エラム文字による文字記録が存在するが、原エラム文字の解読が進んでいないため、基本的には考古学情報に頼って再考される。
既にスサなどの都市が形成されていた。

前3188年

ウル第2王朝の王メスキアグナンナが死去。
次の者が王を継承する。(名前は記されていない)

前3186年

ルガルアンネムンドゥがウル第2王朝を打ち倒す。

前3185年

ルガルアンネムンドゥがアダブ王朝を建国する。

前3150-3100年頃

エジプト第1王朝が起こる。
上エジプトのナルメル王が下エジプトを軍事的に征服し、上下エジプトを統一してエジプト第1王朝を開いたとされる。 この出来事により、エジプト原始王朝時代が終わり、エジプト初期王朝時代にはいる。 首都はメンフィスとされた。
文献としては、この時期において、国は統一されたものの文化自体はテーベとメンフィスの両方が分化していた状態にあったため、1つのものに対して2つの呼び名があったと考えられている。 古代上エジプト王朝でナルメル王が統治を開始した。文献では「メネス王が第1王朝を建設した」という記録があるため、ネメス王ナルメル王は、同一人物であったと考えられている。 ナルメルは、セルケトの後継者で、エジプト第1王朝の創始者と言われている。
以後、エジプト王朝は、その一族が代々世襲していくの王統として、王朝を統治していく事になる。
歴史学者は後に、継承する一族が変わると、王朝自体が次に移行するという定義で時代を定義した。

前3138年

ヤレド162歳の時、息子エノク(イーノック)が生まれる。
『エノク書』(エチオピア正教における旧約聖書の1つ)によれば、神は地上からグリゴリ及びグリゴリと人間の娘の間に生まれた、巨大な子供ネフィリムを抹殺するために大洪水を起こしたとされている。 神は大洪水を起こす前に天使メタトロンを派遣し、神に対して叛いていないノアの一族以外の人間、グリゴリ並びにネフィリム達に処刑執行を通達させた。 この天使メタトロンが、エノクであるとしている。エノクはグリゴリ捕縛の旅を経て、365年後にアセンションして、大天使メタトロンとして帰結した。その旅の途中では72の名前を与えられた。 エノクがこの世界に生きた365年間にわたり、グリゴリに対抗する者として、イシュタールの活躍があった。 グリゴリ達はこれを聞き悲嘆にくれたが、神はネフィリムのヒヴァとヒヤ(ヒヴァ、ヒアという名はヘブライ語で人間が悲嘆したとき発する言葉で、日本語で「うわー」、「あー」などのという程度の意味)の名を人間が失敗した時に思わず発する言葉として残すことで、彼らが存在した証とすることで彼らを慰めた。

「エノクの鍵」によれば、高位の神的生命体において、物理世界に関わる多くの神々(とくに人間の上にたつ事に趣をおいている神々)は、総称して堕天した者と捉えている。 どの命も神の一側面を持ち、アセンションを促す事が神の意に則した者であるとして、区別がなされている。

前3125年頃

古代上エジプト王朝/ナルメルが死去。

紀元前3123年

6月29日早朝、最古の隕石衝突「コフェルスインパクト(Köfels’ Impact)」が発生。
典型的なアテン群小惑星の落下の記録で、衝突予想地点には、クレーターはなく、この直径1.25キロほどの小惑星がアルプス上空のコフェルスで空中爆発し、破片が軌道を逆戻りする形で地中海一帯に帯状にばら撒かれた。 この記録はシュメール人の残した星座板から発見された事をアランボンド教授が説明している。 当時、死海沿岸に存在した、ソドムとゴモラの街が消滅。(前3123年説)
その爆発を見た者は、塩の柱と化した事が聖書に掲載されている。
ソドムを死海南東部に位置する前期青銅器時代(紀元前3150年-2200年)の都市遺跡バブ・エ・ドゥラー(Bab edh-Dhra)、ゴモラをこの遺跡に隣接する同時代の都市遺跡ヌメイラ(Numeira)と考える研究者もいる。 いずれも現代のヨルダン・ハシミテ王国、カラク県に位置する。なおこの都市遺跡の近隣には、天から降る硫黄と火からロトが逃げ込んだとされるロトの洞窟の遺跡(アラビア語: دير عين `أباطة‎ UNGEGN式: Deir `Ain `Abata デイル・アイン・アバタ)がある。 ビザンティン(東ローマ)時代に、ロトの洞窟の伝説地の上に教会が建てられたが、この教会の遺跡が現在残されている。教会の左手には、ロトが逃げ込んだとされる洞窟が実在する。

歴史的な背景にそっていくと、ソドムとゴモラの街壊滅の出来事は、前1760年代に発生した出来事になるが、 もし、前3123年での隕石墜落説が正しければ、前1358年のずれがある事が推測される。
仮にこの年を基準に年表を整理すると、バベルの塔破壊の伝説は紀元前3362年、ノアの洪水説は紀元前33462年、旧約聖書の天地創造は紀元前5119年という事となり、唯一神信仰の派生から様々な文献の伝承に符合する。 (メソポタミアに最古の神殿が気づかれたのは、紀元前5000年頃と推定)

前3114年

8月14日、ケツアルコアトルの誕生の星、この日が第5代目のマヤ暦の始まりとなる。

前3100年頃

さらに南アルプスの氷床コアの調査によって、急激な気温の低下があったという傍証的データが示されている。 南部でシュメール人の都市国家が発達しはじめる。
楔形文字が発明された。この時期に粘土板に書かれた楔形文字は現在知られている文字体系では最古のものである。 楔形文字は以後2000年以上にわたってメソポタミアで使用されることになる。
ストーンヘンジの建設が始まった。
ウルクにアヌを祀ったジッグラトが建設された。
エジプトで前王朝時代が終わった。
ブルガリアのヴァルナの共同墓地で現存する最古の金細工ができたと考えられている。
スコットランドのオークニー諸島で新石器時代の集落遺跡スカラ・ブレイが造られた。
アイルランドで25万トンもの石を使った羨道墳が造られた。
マルタで石造りの寺院ができた。
クレタ島でミノア文明が興った。(有力説の一つ)

前3102年

神智学シュタイナー派によれば、1月23日より、暗黒時代(カリ・ユガ)の第一期が始まったとしている。 (1889年に終了)

前3100-3000年頃

古代上エジプト王朝/メネス王がエジプトを統一した。
メンフィスに都が作られた。
メソポタミアの文化が、ウルク期につづくジェムデト・ナスル期に入る。

前3095年

アンブがアダブ王朝ルガルアンネムンドゥを打ち倒す。

前3094年

アンブがマリ王朝を建国する。

前3073年

エノク65歳の時、息子メトシェラが生まれる。

前3064年

マリ王朝にて王アンブが死去。 アンバが王を継承した。

前3050年頃

古代上エジプト王朝/メネスが生まれる。

前3047年

マリ王朝にて王アンバが死去。 バジが王を継承した。

前3017年

マリ王朝にて王バジが死去。 ジジが王を継承した。

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紀元前3000年〜紀元前2900年